誰だったかな、、
今日の常識外の非常識が
先の時代では常識になる事がある。
あまりに常識に囚われすぎるのは
ある意味思考停止状態とも言える。
そんなこと、言っていたのは、、
🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀
1週間を分にすると、10.080分?
そのうちの約30分だと、、
1/366って事になりますか、、?
他の355より、
ダントツに輝く30分でしたね。
正解に言えば25分。
これに、チャンネル数を掛けたら
もっとになりますね。
だいたい夜の9時は、
オットくんが配信サービスを
観ていることが多く、
最近は『GOTHAM/ゴッサム』を観ている。
以外と面白いので
時々付き合って観てはいるけど
この日は「せかほし宣言」をする私。
オットくん、、
時間になって、自分の部屋に行き
仕事でもするかと思いきや、、
どうやら一緒に観るつもりらしい、笑。
敵地視察?笑
ひとりで浸りたかった気持ちもあるけれど、
ま、“三浦春馬”の威力を
知って貰うのも良いか、、と。
案外、
オットは春馬くんを良くみている。
いつだったかは、、
手の、指の綺麗な人だね、、と。
そして今夜は、、
髪型、ちょっとカツラっぽいね、、と。
これはけしてけなしての意味ではなく。
オットくんは、
春馬くんをけなす様な事を言う事もなく、
最近は特に、
私の“コソ活”を茶化すような事もしない。
茶化してはいけない事にハッキリ気が
ついたのかはわからないけど、、笑
一応、一定の礼節を遵守してくれている?
春馬くんの作品の殆どを
パソコンでDVDや配信で観ている私。
TVでの再放送は観られない事が多くて。
過去に、、
“三浦春馬”とは認識せずに
春馬くんの作品を何TVで
何本かを観ていた事はある。
その度に春馬くんに魅かれていたのも
ハッキリと覚えている。
覚えているけど、、
春馬くんという認識がない、、
だから、、
ある意味、このせかほしは、
私にとって三浦春馬さんと認識して
初めてタイムリーに観るTV、、
とても不思議な気持ち、、
とても感慨深い気持ち、、
TVという媒体を通して様々な有名人を
観るけれど、、
こうして、、
同じ媒体で春馬くんを
あらためて観て、、
本当に綺麗だなぁ、、と思う。

そしてね、、
様々な場面で、、
春馬くんなら、、話題になる、、
そういったことがなくはないかもですが、
それがある意味、
春馬くんの持つ威力の凄さの結果だと、、
芸能を生業とし、
血の通った産業と自負していた春馬くん。
俳優に誇りを持っていた春馬くん。
であれば、、
これほど、、
俳優冥利に尽きる事はないでしょう。
居たとこで輝きを失う人もいる。
旬とは、短いものだ、、。
また、
旬な人間に擦り寄ったところで
輝きを取り戻せない者は取り戻せない。
そんな中、
居ようが居まいが話題になる
これは、本当に凄い事だよね、、
身を潜めた今も、
キミは誰かを嫉妬させる、、
そういう存在なのかもしれないね。
佐藤さんが言っていたあの言葉。
「映像作品は人の記憶に一時的にとどまるけど、忘れ去られていくものでもある。でも、これから先、人の記憶に残る役者になれたら最高だよな、いや、なろうぜ」
忘れ去られていくもの、、
常識ではそう言う事、、
一般的にはそう言う事、、
だから、
何かを超えて、、
常識や一般を超えて
人の心に残る俳優になろう、、
になるのでしょう。
春馬くんは、、
そこを超えて行ったね、
常識を超えて行ったね、、、。
そして、
佐藤さんは、こうも言っていましたね、、
他にもいたかな、、
こんな親父より先に逝きやがって、悔しいよ本当に。でも今の状況を、皆が悲しんでいる姿を見て一番悔やんでいるのは春馬お前自身の筈だ、そうだろ。だから俺たちはお前を反面教師にして絶対に自死を選んではいけないと叫んでいく、いいよなそれで。
本当に悔やんでくれたのでしょうし
否定する気持ちはないのだけれど、、
悔やんでいるのはオマエ自身、、
4は選ばない、、
これも、、
常識的鑑定からの言葉なのかな、って。
自を美化せず前を向いてなのかもだけど、、
この文体から、何か救われるものを
私はあまり感じることができずにいる。
今この状況をどこかで見ていたなら、
そりゃあ、、
悔いる気持ちがわかなくもないでしょう、、
だけど、、
自分が居なくなれば悲しむ人が出る、
誰かに迷惑が掛かる、、
そんなことはわかっているはず、、
春馬くんに限らず誰だって、、
そんな
わかりきった事すら、
とんでしまうくらいの何かが起こる、
そういう状況ではなかったのか、、
どんな事があったかはわからない、
だけど何度か投稿もしてきたように
例え自だとしても、
“自の9割は他”の書籍にあるように
要因は外的要素が殆どだろう思う。
著者の上野さんの言葉には、、
旅立った人に寄り添う何かを
感じることが出来る。
旅立ったたくさんの人に
寄り添ってきたからだろうか。
悔いるのはわかっていながらも
止められない何が起こってしまう
そう言う事があるかもしれない、、
衝動にかられたら30分は思い止まろう?
たしかに、、
自己防衛するしかないのだけれど、、
辛い気持ちな人間が
さらに堪えなければいけないのか、、
そこまで追い詰められことすらない私に
何かを語るような資格はないけれど、、
数々の常識を
軽々と超えてきた彼の舞台のFINを
常識的な事からの言葉達で
締めくくられてしまうものに、、
ちょっと、、いや、だいぶ、、
納得がいかないでいる自分がいるのです。
たくさんのあり得ないを具体化した
彼の結末を、、
結末だけを常識だけで捉えるのは何故?
常識ハズレな仕事をしてきた男の結末だ、
常識だけでは語れない何かが、、
そりゃ、、
あるってものなんじゃないの、、って。